*中学・高校生の・・求道の問い(禅語碌の至言の意味)に答えて書いています*
A:何か特別に大事なこととは・・私は大雄と云う名の深山に 独り坐している老人だ・・の意。
碧巌録 第二十六則 百丈独坐大雄峯(ひゃくじょう どくざ だいゆうほう)
百丈山(別名 大雄山)は中国江西省洪州にあり人里離れた、そう高くもない山である(昔は虎が出没した山奥だった)
それを「大雄峯」と決めつけたおかげで、日本では富士山のような有名な山になってしまった。
【本則】奇抜で面白い話を紹介する。
百丈(大雄)山の禅院に、求道者が尋ねてきた。
「何か特別でめずらしいこと・・賞賛に値することはどんなことでしょうか?」
百丈懐海「独坐大雄峯・・別段、是と云って言うべきことは何もないな。ただ、老人が独り(虎が出るような)大雄という山奥に坐っているだけさ」
それを聞いた求道者、恭しく一礼した。
百丈、すかさず竹箆(しっぺい)で、ピシリと求道者を打った。
【頌】馬祖道一の弟子、百丈懐海は稀代の名馬である。
ちょうど、雷光一閃の瞬間、天地が逆さまになるような、すぐれた働きをする・・こんな非凡な禅者の前に来て「如何なるか是れ奇特事」・・とは・・
あたかも猛虎の髭をなでるような出来事だ。
ピシャリと打たれて済んだのも果報の内だよ(打たれるには意味がある)
この求道者、虎に遭遇しないで、無事、道に迷わず深山を下りられたかどうか・・わからない。
この則には【垂示】が欠落しているので、百丈を取り巻く環境を書いておく。
ここに登場する百丈(ひゃくじょう)懐海(えかい720~814)が生まれたのは、中国史で誰でも知っている楊貴妃が719年に生まれた1年後(玄宗皇帝35才)の時代である。
蜀のげんえんの娘が楊貴妃となったのは745年。玄宗皇帝61歳。楊貴妃27歳・・百丈懐海26歳・・当時・・安禄山の謀反があり、ひどく風紀が乱れ頽廃の時代にあって、寺院や僧たちも相当に堕落していたようだ。
禅林(禅寺の修行する組織)が、ひどく怠惰で規律のない集団だったので、百丈清規(しんぎ=禅の宗団組織、生活の規則)を定めたのもうなずける。
五燈會元の記述に、老齢の百丈が、率先して働く(作務する)ので、弟子たちが密かに作具を隠したところ、自分の不徳の所為だ・・と食を絶った・・との逸話がある。
その時の有名な言葉が「一日作(な)さざれば、一日食せず」・・である。
また無門関では、第二則「百丈野狐(ひゃくじょう やこ)」・・口ばかりの悟った風の師家(指導者)を「野狐禅(やこぜん)」という・・有名な公案がある。
禅に関心のある方は、はてなブログ「禅のパスポート」=「無門関」素玄居士提唱・・絶版意訳をご参考ください。
彼の法系は、大鑑慧能→南嶽懐譲→馬祖道一・・→百丈懐海であり、弟子に黄檗希運(黄檗宗)→臨済義玄(臨済宗)。別に・・百丈→潙山霊祐→仰山慧寂(潙仰宗)の、禅、三宗の基礎を築づき、すぐれた禅者たちを打出した宗師である。
もし、玄宗皇帝の世に、百丈がいなければ、はたして日本に伝播した禅は、どうなっていたことか・・解からない。
【附記】世の中に出回る勇壮な書・一行書「独坐大雄峯」のイメージと、萎(しな)びた山間に独り、坐っている爺さん・・どうも一致しづらい。
現代社会は情報社会と言う・・けれど、頭脳の何千万人分、図書館の何千館分の知識をパソコンで利用できようと、また、広大な宇宙の果て銀河世界や、逆に最小単位のミクロ、量子物理学を究めつつあると言っても・・金の亡者のような経営者がのさばり、ちょっとしたもめ事で人を殺める社会が現実・・今の人間です。
社会の為になる研究や開発、頭脳そのものの研究、自然科学の研究に情報の活用は大事ですが、人は・・ソクラテス以来、誰もが思い考えてきた・・「自分とは何か・・」「幸福・安心とは何か」の問いに、何とか答えを見つけたいとする無常観(寂寥心)と・・いわゆる・・求道(好奇)心をなくしてはなりません。
この問いにスマホやパソコンは真実・安心の境地とはほど遠い、資料提供だけをする存在です。
だからこそ、釈尊以前からインドの地にあった「空・無」を拠りどころにする浄慮・澄心の「禅」が、現代社会の心の免疫不全に役立つのです(無功徳の禅が、無功徳だからこそ解毒剤の役割をもっている・・と言えましょう)
そして、先達が歩いた足跡・・禅行録(公案)が、迷う人に連れ添って、禅境(地)を語ってくれています。
千年・二千年前であろうと、ひたすら内面に「自己とは何か」を問いかけることに、何の電磁的集積回路や文明文化とやらが必要でしょうか。
むしろ知的思考に頼り、スマホやパソコンの情報を解析のツールにする以上、バランスを失った理性は、般若(智慧)の本体から遠ざかります。
それは人間とは・・思考そのものを思考できない・・生まれてから学ぶ脳・知識の、自己優先の限界、欠陥があるからです。
思考は、分別分析分化・・これを言語に置き換えてもよい・・学習脳内作業だから、まるでパソコンに永久運動の機械設計を依頼するようなもの。
円周率を計算させるような働きになってしまいます。
釈尊以来「禅による生活」をなした禅者たちは、般若心経の、いわゆる「菩提娑婆訶(ボーディソワカ)」の境地を体現して今に至っています。
世の中で、最も奇特で大事な事・・とは、虎が出没する深い山奥で、むさくるしい爺さんではあるが・・まるで「般若の真ん中で、どっしりと坐っている自分(自我)・・これである」・・と断言する百丈。
どうやら地球を尻に敷いて「ドン」と坐りこむ禅者の傍らで、仔犬のように跳ね回るのは止めて、静かに大雄山から退散することとしよう。
*百丈(大雄)山 海抜千メートル、孟宗竹に覆われ山腹に黄檗の滝がある。景徳伝灯録 百丈伝「大雄山に住す、居所 巌巒(げんらん 立ち入り難い峯々)峻極の故に、之を百丈と号す」とある。この山麓の原野を開拓して、黄檗・潙山ら禅者たちの作務(労働)により僧堂、方丈が創建された(仏殿はない)のである。
さらに附記します。
禅語録の公案とは、悟りにいたる坐禅の問題集ではありません。
約千年前の、求道者たちの師弟の対話や行脚、問答、独悟の様子を単的にまとめた語録です。したがって「仏」の字を、ホトケとして釈尊(釈迦牟尼世尊)・・とか、仏教(仏陀の教え)として、宗教的に判断、信心、祈念、欣求すると間違いになります。
たとえば「如何なるか 是れ佛」と問答にあれば、佛を「ZEN」に置き換えて読まれた方が誤解が少ないでしょう。
(いずれにせよ、言葉や文字に捉われて思考(指向)しても、禅・悟り・・はありません)
碧巌録にせよ無門関にせよ、語録(公案)は、求道者(禅者)の生涯をかけた「禅による生活」の行録(行いを記録)なのです。
たかだか3年5年、僧堂で集団修行したから、学習、参禅で理解できるしろものではありません。例え師家から印可(見性)証明をされて、大寺の住職におさまっていようと、宗教・哲学の講釈を重ねようと、それだけでは真の禅者と言えないのです。
アナタは・・独り(何の得にもならない)坐禅をされて、自悟自知(行禅悟道)しないと、百丈の大雄峰に「独坐」する・・そんな禅境(地)は、知りようもなく、ありえようもないのです。