座禅の心要⑶ 【気が木でない話】

ナルヤウニナル シンパイスルナ・・気が木でない話

以前、講演会の席上、若者に「ザゼン」・・「ココロクバリ」と漢字で書いてください・・と云ったが、男女10人中、「座禅」で全員×。「心配」の正解は女性2人だけだった。

座禅は、通常「坐禅」と書いて正解です。

 

はたして、ココロクバリの漢字の書けない人が、心配できるのか、ホントに心配です。

 

禪(坐禅)話の後、手を挙げての質問の多くは・・長時間、眼を閉じて、足が痛くなる我慢大会はコリゴリ。お釈迦様のおサトリには敬意を払うけれど、難しい禅語録(公案)が、現代社会のストレス解消に役立つのかどうか・・または「ZEN」は世界中で注目されているけれど「悟り」は、どんなことをすれば体験できるのか・・体験したとしても、自覚するのみと云われるが・・どうなるのか・・

坐禅の成果を聞きたがる人が多い。

こんな時、そうした質問をされた方に失礼にならぬよう、素玄居士(故・高北四郎 絶版)無門関 提唱の・・会得した禅境地、丸出しの講話=はてなブログ「禅のパスポート」で紹介中・・を見てもらうか・・あるいは、千年前の中国での勃興期の禅者の行録・・碧巌録(はてなブログ「碧巌の歩記・アルキ」)で意訳・紹介(関心のある方に)推奨することにしている。

正眼寺、故・梶浦逸外 老師は・・荒海の岩肌にしがみついて、大樹となった松は、最初、芽を出すとき大樹の根幹をなす「ゴボウ(牛蒡)根」を出して岩と一体になるという。人も初志一貫、(岩根を出す如く)坐禅して見徹、独抜せよ・・と云われたそうですが・・いまどき本当に「禅」を語れる方がいなくなりました。

アエテ言えることは、世の中、面白いか、役立つか・・ばかりの効能効果、機能機作の出来事でなければ価値はない・・と云われる中に、ただ一つ、無価値、無功徳、無効用・・何にも役立たない、評価できない阿呆な体験がある・・それが坐禅(ZEN)だと云うことです。

お釈迦様の禅体験「天上天下 唯我独尊」も、「喫茶去」も、「柳緑花紅」も、碧巌三十七則 頌・・これは私の勝手な意訳ですが・・

    三界無法  過去モ 未来モ アルガママ

    何處求心  ドコニ確カナ心ガアルカ。 本ニ拘ダワレャ馬鹿ニナリ・・

    白雲為蓋  大学出レバ ズルクナル。 金目ガアレバ シガミツク・・

    流泉作琴  役ニ立タナイ禅デシカ 純ナ悟リハ何処ニモナイゾ・・

一曲両曲無人會  コノ大自然交響曲ハ 慾ボケ人二解カル訳ナシ

雨過夜塘秋水深  大雨デ池ノ水増ㇲ チャント消息 ココニ在り。

云々の漢詩も、みんなゴリヤクなしの禅体験からホトバシリ出た禅者の一語・体験なのです。

今回のタイトルは 明日は明日の風が吹く・・まるでドリス・デイ主演の歌の文句「ケセラセラ」なるようになるさ・・の引用のようですが、私にとっては、全く違います。

岐阜伊深町 正眼寺 故・梶浦逸外 師の著作「道場」非売品の一節・・

「ナルヤウニナル シンパイスルナ」とは、一休さんのご遺言状にある・・と書かれていたのを特記しました。

純禅が温室栽培・接ぎ木の如く、修行・継承されていく・・気が木でない危うげの話です。

有(会)難とうございました。

一休宗純(1394~1481)1415年大徳寺 華叟宗曇の弟子。風狂の禅者。

一説に後小松天皇落胤説あり。酬恩庵京田辺市)88才没。